普通の家庭に見えて、私にとってはそうじゃなかった子ども時代

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平成の前半、関西で生まれた。
父は会社員、母は専業主婦。年子の妹がいる。

こうして並べると、どこにでもあるような家庭に見えると思う。

でも、私にとっての子ども時代は、あまり「普通」とは言えないものだった。

家の中も、学校も、どこか落ち着ける場所があるわけではなくて、いつも少し気を張って過ごしていたように思う。

子どもにとって、世界はとても狭い。
家族と学校が、そのほとんどを占めている。

だからこそ、そのどちらもうまくいかないとき、逃げ場のない感覚がずっとあった。

今振り返ると、そのときの経験が、自分の考え方や感じ方に大きく影響していると感じることがある。

これから書いていくのは、そんな子ども時代から今に至るまでの話。

当時のことを思い出しながら、少しずつ整理していきたいと思う。

転校と環境の変化

小学生の間に、3回転校をしている。
小学2年生、小学4年生、小学5年生。

新しい家に住むための引っ越しと、父の転勤。
理由はそれぞれあったけれど、子どもにとってはどれも大きな変化だった。

そのたびに新しい環境に入り、友達もできる。

でも、また離れる。

今のようにスマホで簡単に連絡が取れる時代ではなかったから、関係はそこで途切れてしまうことがほとんどだった。

幼稚園や保育園からずっと一緒の友達がいる子や、親同士が仲のいい家庭が、少しうらやましく感じることもあった。

「ずっと同じ場所にいられたら、もっと関係も続いていたのかな」と思うこともあった。

そんな経験が重なって、少しずつ「変わること」そのものに対して、苦手意識を持つようになっていった。

そして中学生になるとき、その感覚は一気に現実のものになる。

私の通っていた小学校は、複数の中学校に分かれて進学する形だった。

私が進んだ中学校には、ほとんどが別の小学校の生徒で、知っている人はごくわずかだった。

入学して間もなく、クラスの中で居心地の悪さを感じるようになり、それが次第にしんどさに変わっていった。

当時は、なぜそうなったのかよく分からなかったけれど、気づけば、安心して過ごせる場所がどこにもないような感覚になっていた。

家も、学校も、どちらも気を抜ける場所ではなくて、ずっとどこかで張りつめていたように思う。

今振り返ると、あの頃の経験が「変わることへの苦手意識」や、環境に対する不安の強さにつながっているのかもしれない。

家が安心できる場所ではなかった

家の中も、安心できる場所とは言いづらかった。

小さい頃から、家庭の環境は少し不安定で、「当たり前」と思えるような日常とは、
どこか違う感覚があった。

気づけば、家にいる時間の中でも、どこか気を張って過ごしていたように思う。

親の関係や生活の変化も重なって、子どもながらに状況を受け止めきれず、ただその中でやっていくしかなかった。

「こういうものなんだ」と思い込むようにもなっていた。

それでも生活は続いていくし、学校にも通う。

だからこそ、家でも外でも気を抜ける場所がない、そんな感覚がずっとあった。

今振り返ると、
あの頃は「そうするしかなかった」と思う。

選べるほどの余裕もなくて、
その環境の中で、自分なりにやっていくしかなかった。

ただ、あの経験があったからこそ、今「無理に我慢しなくてもいい」と思えるようになったのも事実だ。

子どもにとって、家が安心できる場所でないことは、思っていた以上に大きかった。

あの頃を振り返って、今思うこと

振り返ると、子どもの頃の私は、環境に合わせて生きることに必死だったように思う。

家でも、学校でも、どこかで気を張っていて、自分の気持ちよりも、「どうやってその場でやっていくか」を優先していた。

あのときは、それしか選べなかったし、それが当たり前だと思っていた。

でも今は、無理にその場所に居続けなくてもいいし、自分が落ち着ける環境を選んでいいと思えるようになった。

すぐにそう思えたわけではないけれど、少しずつ、自分の感覚を大事にできるようになってきた気がする。

あの頃の経験があったからこそ、今の考え方につながっている部分もあるのかもしれない。

もし今、同じように「どこにも居場所がない」と感じている人がいたら、その場所だけがすべてじゃない、ということを心のどこかに置いておいてもらえたらうれしい。

少し時間がかかっても、自分が安心できる場所は、きっと見つかると思う。

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