わたしー生まれるー

ライフスタイル

平成前半に関西で生まれた。

父はサラリーマン。母は専業主婦。年子の妹がいる。

これだけ聞くと一般家庭だけれども、私にとってはかなり波瀾万丈の学生時代だった。

中学生の時、腹違いの兄弟が2人、増える。

高校生の時、祖母と2人暮らしをする。

子供にとって、家族と学校だけが世界。

この小さい世界がとてもとても私には苦しかった。

私よりもっと苦しい学生時代を送っている人たちがいると思うけれども

私なりに精一杯生きてきて今がある。

今、苦しいと感じている若い人たちは逃げていいんだよって言いたい。

たまに安楽死とかを調べてたり、死ぬのにも金がかかるのか、なんて思う日だってあるけれども。

人生はいくらでも道がある。

思い描いてた人生と全く違うものになっているけど

自分の人生が実験ぐらいに思って生きている。

ただ、無責任だった両親を考えると安易に子供を産むことを考えてほしくないって思う。

あと子連れ再婚を考えている人も、パートナーときちんと話し合って

子供のメンタルを考えて再婚をしてほしい。

子供が大人になっているなら別だけれども笑

私は今でいう授かり婚の子供である。

父は祖父が役員まで出世したこともあってボンボンである。

女の人と遊ぶより男友達と遊ぶ方が好きなタイプであったようだ。

母はあまり裕福家庭ではなかったようだし、母の両親は本当の両親なのか未だ分からない。

父側のおばあちゃんに聞くところによると

父はアルコールを飲まされて母に騙されて、私ができたというが…

結婚するにあたっておろす話があがってたらしいから、

もしかしたら私はこの世にいなかったのかもしれない笑

母側の祖父母とは会ったことがない。

母は早く家を出たかったのかもしれない。

だから既成事実を作ったのかもしれないと大人になって思う。

無事、私は生まれたのだけれども

母はそもそも子供は好きでなかったのだと思う。

今思えば、ネグレクト気味だったと思う。

母は全然オムツも変えないから、いつも私のお尻はただれていたと。

唯一の救いは、父側のおばあちゃんだった。

初孫ということもあって可愛がってくれたし

家の近所に会った祖父母の家によく父が私を連れて行ってたので

私は完全におばあちゃんっ子だった。

妹もいたが、完全に私贔屓だったので妹には申し訳ないと今も思っている。

母はあとギャンブルも好きだった。

父の給料を3日で使い果たすこともザラだったとか。

あとよく嘘をつく人だった。

新築の家に引っ越すということで8歳ぐらいで引っ越すことになる。

そのあと1年も満たない間に両親は離婚した。

引っ越した後はまた。

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